【自分語りシリーズ 第3回】ミュージシャンになりたくて

【自分語りシリーズ 第3回】ミュージシャンになりたくて

今回は、幼少期から音楽の夢を叶えるまでの話をします。
 
私は小さい頃は恥ずかしがり屋で
おとなしい子供でした。
 
自分の感情を表に出すことが下手で、
感情が湧き上がっても
一旦考えてから感情を表に出すという、
素直に感情を出せない
非常にひねくれた性格でした。
 
 
幼稚園の頃はそんな性格にも関わらず、
沢田研二(ジュリー)に憧れて
歌手になりたいとも思っていました。
 
意外と目立ちたがりだったのかもですね。
 
 
祖母が音楽の先生をやっていたため、
家にピアノやハーモニカなどの楽器があり、
遊び半分で触っていたら、
いつの間にか楽器を演奏するのが
楽しくなっていました。
 
 
 
高校に入って、軽音楽部に入って
バンド活動をしていました。
 
もう、ギターに夢中でしたね。
時間があればギターを触っていました。
 
うまく感情を表に出せない性格の反動か、
演奏することで自己表現したかったのかもしれません。
 
高校のときは「作曲家になること」が夢でした。
 
 
 
大学は県外に行っていました。
 
親からの影響をすごく受けている実感があったので、
一度親元から離れるべきだと思い、
あえて家から通えない大学を選びました。
 
大学ではアマチュアバンドの野外ライブを運営し、
自分たちもそこに出演したり、PAをやったりしていました。
 
創作ダンス部にも入っていて、
コンテンポラリーダンスもどきや
ヒップホップダンス等もやっていました。
(男子部員は一人でしたが、そういうの、あまり気にしない性格なので。)
 
この頃は親の影響からも逃れて、
生き生きしていましたね。
 
 
 
就職は、軽い気持ちでゲーム会社にデモテーブを送ってみたら
採用が決まりました。
 
音楽を職業にできたことが嬉しくて、
毎日夜遅くまで仕事をしていました。
 
しかし、同期や先輩たちは
幼少期からきちんと音楽教育を受けてきた人が多く、
歌モノしか作ってこなかった私は、
力の差を感じざるを得ませんでした。
 
そんな中、音楽ゲームが流行りだし、
私もタイミングよく音楽ゲームに携わることができました。
 
うれしかったですねぇ。
まさか歌モノが仕事で作れるとは思っていなかったので。
 
サントラも出せて、作曲者としてもクレジットされたので、
「自分の曲を世に出す」という一つの夢はこの時に叶いました。
これは相当嬉しかったです。
 
今振り返ると、大学時代とゲーム会社時代は
しがらみがあまりなく、
音楽で自分を表現できていて、輝いていた時期でした。
 
 
しかし、音楽ゲームの部署が部署ごと引っ越すことになって、
私は残ることになってしまったのです。
 
そして、いろいろ考えたあげく、地元に戻ることにしたのです。
 
 
それから、私の暗黒時代が始まるのです。。。
 
長くなったので、
続きはまた明日書きますね^^