新撰組 池田屋ノ変 〜燃えよ剣/司馬遼太郎(上)より〜

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今、司馬遼太郎さんの「燃えよ剣(上)」を読んでいます。
8割ほど読み終わりました。

歴史小説をまったく読んだことのない私が、
前回に引き続き2冊目を読んでいます。

2冊目にこの本を選んで正解でした。

「新撰組」

名前は知っていました。
幕末の武士のグループがいて、かっこいいイメージがありました。
小さい頃、年末年始のTV番組で、新撰組のドラマがやっていたのを覚えています。
えらい長いやつ。観ていませんが。
(原作はこの本だったのかもしれません)

そんな程度の前提知識でした。

それが、今読んでいて、面白いんです。

新撰組を描いている小説はいろいろあると思うのですが、
この「燃えよ剣」は土方歳三を主人公にしています。

新撰組がまだ結成される前の、多摩で近藤勇が道場を経営していたころの話から始まります。
土方歳三は武士に憧れていて、近藤勇の道場の門下生でした。

土方は遠征で八王子に剣術を教えに行くことがよくありました。
当時は夜這いという文化がまだあったのでしょう。行くたびに佐絵という女に会っていました。

ある日、事が済み、屋敷の塀の外に出たところを現地の浪士に見つかってしまいます。
佐絵とのことを知られたことをまずいと思った土方はその浪士を斬ってしまうんです。
人を斬るのは初めてのこと。ある種の快感を覚えていたのかもしれません。

土方がやんちゃであること、女好きであること、少し不器用であること、自分の信念に正直なこと。
読んでいてそれを感じました。

この小説を読んでいて思ったのが、容赦なく人を斬るシーンが多いこと。
時代が時代だから仕方がないかもしれませんが、土方は躊躇なく(といったら語弊か)人を斬る。
自分が斬るということは、自分も斬られるかもしれないということです。
そんな時代に生きて、怖くはなかったのでしょうか?

自分だったら嫌だなと思ってしまいます。
死にたくないと思うし、志半ばで死ぬのは嫌です。
もちろん理由もなく人を斬ることはないでしょうが、やったらやりかえすのが人のサガ。
実際、土方が切った浪士と同門の七里研之介は、土方を追い回すことになります。

そんな中、疫病が流行ります。
今の日本と同じで、だれも町を歩かなくなり、近藤の道場も経営難になってしまいました。
そんなおり近藤は、京都まで大名の擁護をするために、幕府が浪士を集めているという話を聞きます。
近藤にとっては渡りに船。給料も出るし経営難が一気に解決します。

近藤一派の浪士組が誕生します。

しかし、多摩の浪士組が反幕で動くということに異を唱えて、近藤一派と芹沢一派は浪士組を離れて、
芹沢の実兄を頼りに京都で幕府の護衛をすることとなりました。
新撰組の誕生です。

そこで「池田屋ノ変」
明治維新の少し前の話です。

幕府は倒幕派の藩士たちが京都で秘密裏に会合をしていることを突き止めて、護衛を強めさせていました。
新撰組も幕府を護衛する側です。
土方旅館の池田屋の二階に倒幕派の長州藩、土佐藩、肥後藩などの藩士浪士が集まっていることを新撰組は知ります。
そして、襲撃をかけ、手柄とするのです。

この小説を読むまで、新撰組は歴史の中心側の人たちだと勝手に思っていました。
なんとなくかっこいいというイメージから、坂本龍馬側というか、倒幕派かと。
幕府派だったんですね。

武士にあごがれ武士となり、武士道に生きる。
土方とはそういう人だったのでしょう。
多分政治にはあまり興味がなかったんだと思います。
幕府がいいとか悪いとか。そんなことはどうでもよかったんだと思います。
土方にとっては武士道に沿っているかが全ての基準。
武士として生きられるのがたまたま幕府派だったというだけ。
自分の夢がかなえられる場が幕府側にあったということなんでしょう。

「燃えよ剣」は新撰組の土方歳三を主人公にしていますが、
司馬遼太郎さんは倒幕派側が主人公の小説も多分書いていると思います。

人にはそれぞれの人生があり、それぞれのとらえ方があります。
司馬遼太郎さんの作品には幕末を描いているものがたくさんあります。
みんな自分の信念を持って幕末の時代を生きていたのでしょう。
司馬遼太郎さんはその人たちをどう描いているのでしょう。
司馬遼太郎さんの幕末小説を読むことで、当時に生きた人々の心意気を知り、
作者が作品たちを通して何を使えたかったのか、垣間見れるような気がしてきました。

もっと司馬遼太郎作品を読みたくなりました。