死ぬことと見つけたり(上) / 隆慶一郎

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今回もまたまた歴史小説についてです。

前回読んだ歴史小説が司馬遼太郎さんの「燃えよ剣」。
今度は別の人の作品を読んでみようと思い、
今、隆慶一郎さんの「死ぬことと見つけたり」を読んでいます。

隆慶一郎さんのことを少し調べてみたら、
昔少年ジャンプに連載されていた「花の慶次」の原作となった小説を書かれていたんですね。

「死ぬことと見つけたり」は佐賀藩士・山本常朝によって口述された武士道書「葉隠」をモチーフにしています。
序章を読むと、「葉隠」が作者にとっていかに思い入れのある本であったかよくわかります。
そして昭和初期の時代がいかに精神的にふくよかであったことも。
物や情報の少ない中、人々の思いは今よりも強かったんだろうなと感じます。
私が筆者に対して感じたように、筆者は「葉隠」に対して似たようなことを感じていたのかもしれません。
自分の祖父と同じような年代の人が憧れていた時代。
そんな時代のことが描かれていると思うと、興味が湧いてきます。

「死ぬことと見つけたり」を読んでいてまず思ったこと。
読んでいると、TVドラマのように映像が浮かぶんです。
淡々とした書きっぷりの中にも、あ、ここは楽しいシーンなんだなと、
BGMでも付きそうな勢いで頭の中で映像化されるシーンもありました。
調べてみたら、隆慶一郎さんってTVドラマの脚本もされたことがあるとのこと。
なぜか納得しました。

歴史小説のいいとろの一つは、歴史という共通認識があることだと思います。
同じ題材を扱っていても、筆者により描き方が異なります。それを楽しむのも乙です。
筆者にとっては、自分が好きな歴史小説を題材に、敬意を払いつつ自分の思いを込めて作品を書くことができる。
「死ぬことと見つけたり」の隆慶一郎さんしかり、「花の慶次」の原哲夫さんしかり。

そして、世界に誇る日本の文化で外せないものが「武士道」「サムライ」「禅」。
昔の人の生き様を歴史小説から感じ取ることにより、それら日本文化の理解が深まるでしょう。
私の高校時代の先生は「日本人は歴史を知らない」「日本人にはアイデンティティがない」と言っていましたが、
歴史小説を読み、先人がどのような思いでその時代を生き抜いたのかを想像することで、
日本人であることの誇りを持つことができるでしょう。

私は歴史小説をを読むことで、地に足がつくというか、そんな感覚を得ています。